「ありがとう」「ごめんね」を伝える・受け取る力を育む:発達障害の子への声かけと家庭でできる工夫
はじめに:日々のコミュニケーションで「ありがとう」「ごめんね」は大切だと分かっていても
お子様との日々の関わりの中で、「ありがとう」や「ごめんね」といった言葉がスムーズに出てこなかったり、言われた時の反応に困ったりする場面はありませんでしょうか。大切な言葉だと教えたいけれど、どう伝えたら良いのか分からず悩んでしまうことがあるかもしれません。
発達障害のあるお子様の場合、これらの言葉を使うことや、その背後にある相手の気持ちや状況を理解することに難しさを抱えることがあります。これは、決して意地悪や反抗ではなく、発達特性によるものかもしれません。
この記事では、「ありがとう」や「ごめんね」といった社会的なコミュニケーションを育むために、家庭でできる具体的な声かけの方法や、日常で試せる簡単な工夫についてご紹介します。お子様のペースに合わせて、無理なく、穏やかにコミュニケーションのスキルを育んでいくためのヒントとして、ぜひご活用ください。
なぜ「ありがとう」「ごめんね」が難しいと感じられることがあるのか
発達障害のあるお子様が「ありがとう」「ごめんね」を言うことや、言われた時の適切な反応を示すことに難しさを感じることがあるのは、いくつかの発達特性が関係している可能性があります。
例えば、 * 社会性の特性: 相手の立場になって気持ちを推測したり、その場の状況から適切な振る舞いを判断したりすることが難しい場合があります。感謝や謝罪が必要な状況を正確に把握しにくいことがあります。 * コミュニケーションの特性: 自分の感情や考えを言葉で表現したり、相手の言葉の意図を理解したりすることに時間がかかる場合があります。心の中で感謝や申し訳なさを感じていても、それを適切な言葉にするのが難しいことがあります。 * 認知の特性: 抽象的な概念(「感謝」「謝罪」といった感情や、それに関連する行動とその結果)を結びつけて理解することが難しい場合があります。また、一つのことに集中すると、他のこと(相手の表情や声のトーンなど)に気づきにくいこともあります。
これらの特性があるために、「ありがとう」や「ごめんね」という言葉を単に覚えるだけでは、適切な場面で自然に使うことが難しくなることがあります。
具体的な声かけと家庭でできる工夫
それでは、これらの言葉や、それに伴う気持ち・行動を育むために、家庭でどのように関わっていけば良いのでしょうか。具体的な声かけの例や工夫をご紹介します。
1. 「ありがとう」を育むための声かけと工夫
感謝の気持ちは、自分が何かをしてもらったこと、誰かの行動によって自分が嬉しかったり助かったりしたことに気づくことから始まります。
-
感謝の気持ちに気づかせる声かけ:
- 「〇〇くん/ちゃんが(相手の名前)さんに絵本を読んでもらって、嬉しそうだったね。」
- 「お父さんがおもちゃを片付けてくれたから、すぐに遊べたね。良かったね。」
- 「(相手の名前)さんが荷物を持ってくれて助かったね。△△な気持ちになったね。」
- ポイント: まずはお子様自身が感じたポジティブな感情や、相手の行動による良い結果に気づくように促します。その上で、「これは嬉しいこと」「助かったこと」といった感情と状況を結びつけます。
-
「ありがとう」と言う練習:
- 「(相手の名前)さんが〇〇してくれた時、『ありがとう』って言うんだよ。言ってみようか。」
- 「お母さん、お茶を入れてくれてありがとう。どうぞ。」(親がお子様役で実践してみせる)
- ポイント: 具体的な場面を想定したり、親がお手本を見せたりしながら、言葉に出す練習をします。実際に感謝が必要な場面で、お子様が言葉に詰まっているようであれば、「ありがとう、だよ」と優しく言葉を添えて促すことも有効です。強制ではなく、「言ってみようね」という声かけが大切です。
-
感謝を伝えやすい環境や視覚的なサポート:
- 感謝カード: 「ありがとう」と書かれたカードや、感謝の気持ちを表すイラストを用意しておき、言葉で言うのが難しい場合に指さしたり渡したりできるようにします。
- ジェスチャー: 感謝を表す簡単なジェスチャー(胸に手を当てる、お辞儀をするなど)を一緒に練習し、言葉と一緒に使ったり、言葉の代わりに使ったりします。
- ポイント: 言葉だけでなく、視覚や体の動きで感謝を伝える方法を用意することで、お子様が「伝えられた」という成功体験を得やすくなります。
-
感謝された時の受け取り方:
- 相手に「ありがとう」と言われたら、「どういたしまして」と返すことを教えます。ロールプレイングで練習するのも良いでしょう。
- ポイント: 一方的に感謝する側だけでなく、感謝される側の適切な反応も教えることで、コミュニケーション全体の流れを理解することにつながります。
2. 「ごめんね」を育むための声かけと工夫
謝罪の気持ちは、自分の行動が相手を傷つけたり、困らせたりしたことに気づき、その状況を改善しようとする気持ちから生まれます。自分の行動の結果を理解し、相手の気持ちを推測することが伴うため、「ありがとう」よりも難しさを感じることがあります。
-
何が悪かったのか具体的に伝える声かけ:
- (おもちゃを取ってしまった場合)「〇〇くんがお友達のおもちゃを『貸して』って言わずに取っちゃったから、お友達は△△な気持ちになったんだよ。」
- (叩いてしまった場合)「(相手の名前)さんを『痛い痛い』って叩いちゃったね。(相手の名前)さん、痛くて悲しい気持ちになったんだよ。」
- ポイント: 何について謝るべきなのか、具体的にお子様の行動を指摘し、その行動が相手にどのような影響を与えたのか(相手の気持ちや状況)を分かりやすく伝えます。「なぜ」謝る必要があるのかを理解できるように、状況と結果を結びつけて説明することが重要です。感情的にならず、冷静に、かつ共感的に伝えます。
-
「ごめんね」と言う練習:
- 「〇〇くんが△△したことについて、『ごめんね』って言おうね。言ってみようか。」
- 「(相手の名前)さん、△△してごめんね。」(親がお手本を見せる)
- ポイント: 具体的な言葉を提示し、繰り返し練習します。お子様が言葉に詰まる場合や、謝罪をためらっているように見える場合は、「大丈夫だよ」「言ってみようね」と寄り添いながら促します。無理強いは避け、落ち着いた状況で行うことが大切です。
-
「ごめんね」の後の行動を促す:
- 「(相手の名前)さんに『ごめんね』って言えたね。次からはどうしたらいいかな?」(一緒に解決策を考える)
- 「〇〇しちゃったこと、もうしないようにするにはどうしたらいいかな?」(再発防止策を話し合う)
- ポイント: 謝罪は終わりではなく、そこから状況を改善したり、次に同じことを繰り返さないための行動につなげることが重要です。具体的な代替行動を一緒に考え、練習することで、問題解決能力も育まれます。
-
謝罪を受け入れる側の反応の仕方:
- 相手に「ごめんね」と言われたら、「大丈夫だよ」と返すだけでなく、「次からはこうしようね」といった建設的な言葉を添えることも教えます。
- ポイント: 謝罪を受け入れる側としての適切な対応を教えることで、お互いが気持ちよくコミュニケーションを終えられる経験を積むことができます。
3. 日常での応用と継続のヒント
- 親自身のモデリング: 保護者自身が、日常の中で積極的に「ありがとう」「ごめんね」を使う姿をお子様に見せることが最も効果的な学びの一つです。お子様に対してはもちろん、他の家族や友人、お店の人に対しても自然に使ってみましょう。
- 成功体験を積み重ねる: 小さなことでも「ありがとう」や「ごめんね」が言えたり、適切な反応ができたりしたら、「言えたね!すごいね」「お相手、嬉しそうだったね」などと具体的に褒め、成功体験を積み重ねられるようにサポートします。
- 完璧を目指さない: 最初から完璧にできるお子様はいません。少しずつ、一歩ずつ進んでいくプロセスを大切にしましょう。言えなかったり、失敗したりしても、責めずに、次にどうしたら良いか一緒に考える姿勢が重要です。
- 他の家族との連携: 家族全体で、「ありがとう」「ごめんね」を自然に使う温かいコミュニケーションを心がけることも、お子様にとっては大きな学びとなります。
まとめ
「ありがとう」や「ごめんね」といった言葉は、単なる形式的な挨拶ではなく、相手への感謝や配慮、自分の行動への責任を表す大切なコミュニケーションツールです。発達障害のあるお子様にとって、これらの言葉やそれに伴う社会的なやり取りの理解や表現には、特性ゆえの難しさが伴うことがあります。
しかし、家庭での具体的な声かけや工夫、そして何よりも保護者の皆様の温かいサポートがあれば、お子様は少しずつこれらのスキルを身につけていくことができます。大切なのは、お子様の特性を理解し、その子のペースに合わせて、根気強く、そして楽しく、コミュニケーションの練習を重ねていくことです。
この記事でご紹介したヒントが、皆様とお子様のコミュニケーションが、より円滑で穏やかなものになるための一助となれば幸いです。一人で抱え込まず、身近な人に相談したり、専門機関のサポートも活用しながら、お子様との関わりを楽しんでください。