「つらい」「楽しい」を言葉で伝える力を育む:発達障害の子への声かけと家庭でできる工夫
気持ちや体調を言葉にする難しさとその大切さ
お子様が「今、どんな気持ちなのか」「どこか具合が悪いのか」を言葉で伝えられず、結果的に不機嫌になったり、癇癪を起こしたり、体調が悪化してから気づくといった経験はございませんか。発達障害のあるお子様にとって、自分の内面にある感覚や感情を自覚し、それを適切な言葉にすることは、時に難しい課題となります。
これは、感覚の特性(過敏さや鈍感さ)により体の内部感覚や感情そのものに気づきにくかったり、抽象的な概念である「気持ち」を理解しにくかったり、あるいは語彙として持っていなかったりすることなどが関係していると考えられます。
しかし、自分の気持ちや体調を言葉で伝える力は、生きていく上で非常に重要です。 * 困りごとを周囲に伝えることで、助けを得やすくなります。 * 不快な状態や危険を回避することにつながります。 * 自分の感情を理解し、コントロールする第一歩になります。 * 他者との関係を築く上で、共感や理解を得やすくなります。
この記事では、発達障害のあるお子様が、自分の「つらい」「楽しい」といった気持ちや体調を言葉で伝える力を育むために、ご家庭で今日から試せる具体的な声かけや工夫をご紹介いたします。
発達特性から考える「気持ち・体調の言葉にしにくさ」
なぜ、気持ちや体調を言葉にするのが難しいのでしょうか。発達特性との関連性からいくつか理由が考えられます。
- 感覚情報処理の特性: 体の内側の感覚(空腹、痛み、疲労、特定の感情に伴う身体感覚など)への気づきが弱かったり、逆に過敏すぎて混乱したりすることがあります。このため、「体がだるい」「お腹が変な感じ」といった内的な感覚を正確に捉え、それが「疲れている」「少し痛いのかもしれない」といった体調や「不安だ」という感情に結びつけるのが難しい場合があります。
- 抽象的な概念の理解: 「嬉しい」「悲しい」「イライラする」といった感情は抽象的な概念です。具体的な事物とは異なり、形がなく、見えません。そのため、これらの言葉の意味を理解し、自分の内的な状態と結びつけるのに時間がかかったり、難しさを感じたりすることがあります。
- 語彙の不足: 感情や体調を表す言葉を知っていても、それが自分の今の状態に合っているか判断できなかったり、適切な言葉を選ぶのが難しかったりします。また、多様な感情のニュアンス(例:「楽しい」と「嬉しい」の違い、「疲れた」と「だるい」の違いなど)を理解し、使い分けるのが難しい場合もあります。
- 表現方法の困難: 頭の中で考えていることや感じていることを、順序立てて言葉にすること自体に難しさがある場合(例:言語発達の遅れ、構音の困難など)や、どのように伝えれば相手に理解してもらえるかが分からない場合もあります。
これらの特性を踏まえ、お子様が気持ちや体調を言葉にするのをサポートするためには、単に「どうしたの?」と聞くだけでなく、具体的な手助けや環境調整が有効になります。
具体的な声かけと家庭でできる工夫
お子様が自分の気持ちや体調を言葉で伝えられるようになるための、具体的なヒントをご紹介します。
工夫1:感情や体調の「見える化」を取り入れる
抽象的な「気持ち」や内的な「体調」を、目で見て分かりやすい形にすることで、お子様は自分の状態を認識しやすくなります。
- 感情カードや表情リスト: 「嬉しい」「悲しい」「怒り」「困った」など、基本的な感情を表すイラストや写真付きのカード、または一覧表を用意します。
- 使い方:
- お子様の様子を見ながら、「今、〇〇な気持ちかな?このカードと同じ顔をしているね」と一緒に見て確認します。
- お子様に「今、どんな気持ち?」と聞き、カードを指差してもらったり、選んでもらったりします。言葉で言えなくても、指差しで伝えられるように促します。
- 使い方:
- 体調チェックシート: 「元気」「少し疲れた」「お腹が痛い」「頭が痛い」「眠い」など、よくある体調を表す簡単なイラストや言葉の一覧表を作成します。
- 使い方:
- 朝やお風呂の後など、決まった時間に体調をチェックする習慣をつけるのも良いでしょう。「今日の体調はどれかな?」と聞き、指差しや言葉で答えてもらう練習をします。
- 様子がおかしいと感じた時に、「体がどうかな?ここを見て教えてくれる?」と促します。
- 使い方:
これらの視覚的なツールは、言葉での表現が難しいお子様にとって、自分の状態を伝えるための大切な手がかりとなります。
工夫2:感情や体調を表す言葉と具体的な状況を結びつけて教える
感情や体調を表す言葉を、具体的な経験や状況とセットで教えることで、言葉の意味をより深く理解できるようになります。
- 具体的な声かけ例:
- 「転んで膝を擦りむいちゃったね。痛いね」
- 「一番好きな電車のおもちゃで遊べて、楽しいね!」
- 「今日の給食、苦手なピーマンが入ってたんだね。ちょっぴりつらいね」
- 「たくさん走ったから、体が疲れた感じがするね」
- 「大好きなキャラクターのシールをもらって、嬉しいね」
- 「順番が抜かされて、イライラする気持ちになったね」
ポイント: * お子様の表情や様子を観察し、大人が感情や体調を言葉にして伝えます。 * 抽象的な言葉だけでなく、「胸がドキドキする」「肩が重い」「お腹が冷たい」といった、具体的な身体感覚を表す言葉も伝えます。 * 絵本やテレビ、日常の出来事に出てくる人物の感情や体調について話すことも有効です。「このクマさん、プレゼントをもらって嬉しそうな顔だね」「この子、お熱があってしんどそうだよ」
工夫3:言葉以外の伝え方も受け入れる姿勢を示す
言葉で表現することが難しい場合でも、他の方法で伝えることを認め、「伝わった」という成功体験を積むことが大切です。
- 具体的な声かけ例:
- 「言葉で言うのが難しければ、指差しで教えてくれる?」
- 「体が辛い時は、このカードを指差してね」
- 「絵を描いて教えてくれてもいいよ」
- 「ジェスチャーで教えてくれる?」
- 「『うん』か『ううん』だけでもいいよ」
ポイント: * 言葉での表現を無理強いせず、お子様ができる方法で伝えることを促します。 * 伝えようとしてくれたこと自体を肯定的に捉え、「教えてくれてありがとう」と伝えます。 * 「どうしたの?」と漠然と聞くより、「お腹かな?」「頭が痛いのかな?」など、選択肢を提示する方が答えやすい場合もあります。
工夫4:親自身が日常的に自分の気持ちや体調を言葉にする
大人が自分の気持ちや体調を自然な形で言葉にする姿を見せることは、お子様にとって良いモデルとなります。
- 具体的な声かけ例:
- 「お母さん、今日はお仕事で良いことがあって、嬉しい気持ちだよ」
- 「ちょっと肩が凝って、体が重い感じがするな」
- 「このお茶、温かくてホッとするね。落ち着くな」
- 「急いでいたから、ちょっとバタバタした気持ちだったよ」
- 「雨が降ってきて、ちょっぴり残念だったね」
ポイント: * 特別なことではなく、日常の何気ない瞬間に、自分の感情や体調、それに関する言葉を盛り込みます。 * ポジティブな感情だけでなく、ネガティブな感情(もちろん穏やかな表現で)も言葉にすることで、感情には様々な種類があることを伝えます。 * 「〜と感じている」「〜な状態だ」といった表現を使うことで、「気持ち」や「体調」が自分の内的な状態を表す言葉であることを示します。
応用と継続のためのヒント
- スモールステップで: 一度に全てを完璧にやろうとせず、まずは一つの感情(例:「楽しい」)や一つの体調(例:「お腹が痛い」)から言葉にする練習を始めます。
- 肯定的な経験を積み重ねる: 気持ちや体調を言葉にできた時に、「教えてくれて助かったよ」「辛かったんだね、気づいてあげられなくてごめんね」などと伝え、言葉にしたことで良い結果(理解、サポートなど)が得られる経験を積めるようにします。
- 完璧を目指さない: 難しい時があっても落ち込まないでください。伝える力は一朝一夕には身につきません。根気強く、繰り返し関わることが大切です。
- 記録をつけてみる: どんな時にどんな様子になり、どんな言葉(または他の表現)で伝えられたかなどを簡単に記録すると、お子様の傾向や成長が見えてくることがあります。
- 専門家への相談も検討: もし、言葉でのコミュニケーション全般に大きな困難があったり、感情の調整が非常に難しかったりする場合は、専門家(言語聴覚士、臨床心理士、医師など)に相談することも有効な選択肢です。個別の特性に合わせたアドバイスやサポートが得られます。
まとめ
発達障害のあるお子様が、自分の気持ちや体調を言葉で伝えることは、自己理解を深め、他者との関わりを円滑にし、様々な困難を乗り越えるための大切なステップです。「つらい」「楽しい」といった基本的な感情や体調の言葉を、具体的な経験と結びつけながら、視覚的なツールなども活用して丁寧に教えていくこと、そして、言葉以外の表現も受け入れる姿勢を示すことが重要です。
すぐに完璧にできるようにならなくても、お子様が「伝えたい」という気持ちを持ち、少しずつでも自分の内面を表現できるようになるプロセスを、焦らず、温かくサポートしてください。この記事でご紹介したヒントが、お子様とのコミュニケーションをより穏やかで実りあるものにするための一助となれば幸いです。