相手の気持ちを理解する力を育む:発達障害の子への声かけと家庭でできる工夫
発達障害のあるお子様との日々、様々な場面でコミュニケーションの難しさを感じることがあるかと存じます。「どうして相手の気持ちが分からないのだろう」「言っても伝わらない」と感じ、心を痛めることもあるかもしれません。特に、お子様が相手の気持ちを読み取ることが苦手なために、友達や家族との間で誤解が生じたり、トラブルになったりすることもあるでしょう。
相手の気持ちを理解し、共感する力は、社会生活を送る上で大切なスキルです。しかし、発達特性として、この「心の理論」と呼ばれる能力の発達に時間がかかったり、独特な理解の仕方をしたりすることがあります。抽象的な感情や他者の視点を想像することが難しいため、悪気はなくても相手を傷つけてしまったり、場の空気にそぐわない言動をとってしまったりする場合があります。
この記事では、発達障害のあるお子様が相手の気持ちを理解する力を少しずつ育んでいくための、家庭で今日からできる具体的な声かけや簡単な工夫をご紹介します。これらのヒントが、お子様とのコミュニケーションをより穏やかで、建設的なものにする一助となれば幸いです。
なぜ相手の気持ちを理解するのが難しいことがあるのか
発達障害のあるお子様が相手の気持ちを理解することに難しさを抱える背景には、いくつかの発達特性が関係していると考えられています。
- 「心の理論」の発達の遅れや偏り: 他者の信念、意図、感情などを推測する能力(心の理論)の発達が、定型発達のお子様とは異なるペースであったり、独特なプロセスをたどったりすることがあります。これにより、「あの人は今、こう思っているだろう」「この状況なら、普通はこんな気持ちになるだろう」といった推測が難しくなります。
- 抽象的な概念の理解: 感情や気持ちといった抽象的な概念を言葉や状況から理解することが得意でない場合があります。具体的な情報や事実には強い一方、目に見えない感情は捉えにくいことがあります。
- 注意の特性: 相手の表情、声のトーン、身振り手振りといった非言語的な情報から感情を読み取ることに注意が向きにくい、あるいはそれらを統合して解釈するのが難しい場合があります。
- ワーキングメモリの特性: 会話の流れ、相手の過去の言動、今の状況など、複数の情報を同時に保持し、それらを組み合わせて相手の気持ちを推測するといった認知的な作業に負担を感じやすい場合があります。
これらの特性は、お子様の努力不足やわがままではなく、脳機能の特性によるものです。この点を理解することが、お子様に寄り添い、適切なサポートをする第一歩となります。
相手の気持ち理解を促す具体的な声かけと工夫
ここでは、日常の様々なシーンで活用できる具体的な声かけの例や、家庭で手軽にできる工夫をご紹介します。
シーン1:誰かが困っている、悲しんでいる場面を見たとき
お子様が、家族や友達が困っていたり、悲しんでいたりする場面に居合わせたとき、その状況を一緒に言葉にして整理する機会を持ちましょう。
具体的な声かけの例:
- 「〇〇君(さん)、今どんな顔してる?」「下を向いてるね。元気がないように見えるかな。」(非言語情報に注目を促す)
- 「どうしたのかな?」「何があったのか、聞いてみてもいいかな。」(状況把握を促す)
- 「もし、おもちゃを壊されちゃったら、どんな気持ちになるかな?悲しくなる?怒りたくなる?」(自分の経験と結びつけて推測を促す)
- 「〇〇君(さん)、△△な気持ちなんだね。かわいそうにね。」(大人が気持ちを代弁し、共感を示す)
家庭でできる工夫:
- 感情の言葉リストや表情カードを活用する: 嬉しい、悲しい、怒っている、困っているなど、様々な感情の名前と、それに対応する表情のイラストや写真をまとめたリスト、カードを作っておきます。日常会話の中で「今、ママは嬉しい気持ちだよ」と言葉とカードを一致させたり、「この顔はどんな気持ちかな?」とクイズ形式で遊んだりします。
- 絵本やテレビ、映画の登場人物の気持ちを話し合う: ストーリーを楽しみながら、「この時、主人公はどう思ったんだろう?」「あのキャラクターはなぜあんなことをしたのかな?」と問いかけ、一緒に登場人物の気持ちや行動の理由を想像する練習をします。登場人物の表情にも注目するように促します。
ポイント: 決めつけたり、「どうして分からないの!」と責めたりせず、「一緒に考えてみようか」というスタンスで関わることが大切です。お子様が的外れな答えをしても否定せず、「〇〇と思ったんだね。他にどんな気持ちがあるかな?」のように、様々な可能性を一緒に探るように促します。
シーン2:お子様自身の感情を理解し、言葉にする練習
相手の気持ちを理解するためには、まず自分の気持ちを理解することも大切です。お子様が自分の感情に気づき、それを適切な言葉で表現する練習をすることで、他者の感情への理解にもつながります。
具体的な声かけの例:
- 「今、どんな気持ち?」「嬉しそうだね!」「悔しい気持ちかな。」(お子様の表情や様子を見て、感情を言葉にするのを手伝う)
- 「△△できたから、嬉しい気持ちになったんだね。」「〇〇がうまくいかなくて、悲しい気持ちになったのかな。」(状況と感情を結びつける)
- 「怒っているんだね。怒っているときは、こんな気持ちになるね、と教えてくれると嬉しいな。」(感情そのものを受け止めつつ、言葉で伝える行動を促す)
家庭でできる工夫:
- 「気持ちグラフ」や「気持ちメーター」: 一日の終わりに、その日一番強かった気持ちをグラフやメーターで示したり、簡単な絵で描いたりする習慣をつけるのも良いでしょう。
- 感情日記: 少し大きなお子様なら、寝る前にその日感じた気持ちを書き出す「感情日記」も有効です。「〇〇があって嬉しかった」「△△と言われて悲しかった」のように、出来事と感情をセットで書く練習になります。
ポイント: お子様が感情を表現したとき、それがたとえネガティブな感情であっても、「そう感じたんだね」とまずは受け止める姿勢を示しましょう。感情そのものを否定しないことが、お子様が安心して自分の気持ちを表現できるようになるために重要です。
シーン3:望ましくない言動があった後で振り返る
お子様が誰かを傷つけるような言動をしてしまったり、誤解を招くような言動をしてしまったりした後、落ち着いてからその状況を振り返り、相手の気持ちを考える練習をします。
具体的な声かけの例:
- 「さっき、〇〇君に△△って言ってたね。その時、〇〇君はどんな顔してた?」(具体的な言動と相手の様子を結びつける)
- 「△△って言われた〇〇君は、どんな気持ちだったと思う?嬉しいかな?悲しいかな?」(相手の気持ちを推測する問いかけ)
- 「もし、自分が〇〇君の立場だったら、△△って言われたらどんな気持ちになるかな?」(相手の視点に立って考える練習)
- 「〇〇君は悲しい気持ちになったと思うよ。もし、次に同じような場面があったら、どんな言葉をかけられるかな?」(大人が推測した気持ちを伝え、代替行動を提案する)
家庭でできる工夫:
- ロールプレイング: 過去の出来事や、これから起こりうる場面を想定して、親がお子様役、お子様が相手役になって役割を演じてみるのも効果的です。「相手の立場になってみる」という経験を具体的に提供できます。
- ソーシャルスキルトレーニング(SST)の要素を取り入れる: 様々な状況での適切な言動や、相手への配慮について、絵カードやワークシートなどを使って学ぶ機会を持つことも有効です。
ポイント: 問題が起きた直後は、お子様も感情的になっていることが多く、振り返りは効果的ではありません。お互いが落ち着いてから、「さっきの件なんだけどね…」と切り出し、冷静に、そして建設的な態度で話し合うようにします。あくまで「学ぶ機会」として捉え、責めたり、過去の失敗を繰り返し持ち出したりしないことが大切です。
焦らず、お子様のペースで
相手の気持ちを理解し、共感する力は、一朝一夕に身につくものではありません。特に発達特性のあるお子様にとっては、練習と経験が積み重なることで、少しずつ理解が深まっていくものです。すぐに効果が見えなくても、決して焦らないでください。
大切なのは、お子様が他者の感情や状況に少しでも注意を向けたり、推測しようとしたりしたときに、その努力を認め、具体的に褒めることです。「今の声かけ、すごく良かったね!」「〇〇君の気持ちを考えてあげられたんだね、優しいね」といったポジティブなフィードバックは、お子様のモチベーションにつながります。
また、大人がお子様や家族に対して、自分の気持ちを具体的に言葉で伝えたり、共感を示すモデルを示したりすることも非常に重要です。大人の関わり方そのものが、お子様にとって最も身近で影響力の大きい学びの機会となります。
一人で抱え込まず、必要であれば専門機関に相談することも考えてみてください。専門家からの具体的なアドバイスや、集団でのソーシャルスキルトレーニングなどが、お子様の成長をサポートしてくれる場合もあります。
まとめ
発達障害のあるお子様が相手の気持ちを理解し、共感する力を育むことは、日々の関わりの中で少しずつ進んでいくプロセスです。
- 特性として相手の気持ち理解が難しい場合があることを理解し、お子様を責めない姿勢で向き合う。
- 日常の具体的な場面を活用し、感情を言葉にしたり、相手の気持ちを推測したりする声かけを意識的に行う。
- 感情カードや絵本、ロールプレイングなどを活用し、視覚的・体験的に学ぶ機会を提供する。
- お子様自身の感情に気づき、言葉にする練習をサポートする。
- できたこと、努力した過程を認め、具体的に褒める。
- 焦らず、お子様のペースに合わせて、根気強く関わりを続ける。
これらの声かけや工夫を試しながら、お子様とのコミュニケーションの中で、互いの気持ちに寄り添える瞬間が少しずつ増えていくことを願っています。