約束・ルールを守る力を育む:発達障害の子への声かけと家庭でできる工夫
約束やルールを守る難しさに寄り添う
お子さんが約束やルールを守ることに難しさを感じているとき、保護者の方もどう伝えたら良いのか悩んでしまうことは少なくありません。繰り返し伝えてもなかなか伝わらなかったり、その場では理解したように見えてもすぐに忘れてしまったりすると、「どうして分かってくれないのだろう」と落ち込んだり、つい感情的になってしまったりすることもあるかもしれません。
発達障害のあるお子さんにとって、約束やルールは時に理解し、実行するのが難しいものです。それは、お子さんの性格や反抗心からではなく、発達特性によるものの可能性も考えられます。この記事では、発達特性の視点から、なぜ約束やルールを守るのが難しいのかを理解し、家庭でできる具体的な声かけの工夫や、日常で試せるサポート方法をご紹介します。
なぜ約束やルールを守ることが難しいのか?発達特性との関連
発達障害のあるお子さんが約束やルールを守ることに難しさを感じる背景には、いくつかの発達特性が関係している場合があります。これらの特性を理解することで、お子さんへの声かけや関わり方のヒントが見えてきます。
- 抽象的な概念の理解の難しさ: 「約束」や「ルール」といった概念は、目に見えない抽象的なものです。「みんなで気持ちよく過ごすため」「安全のため」といったルールの理由も、子どもにとっては分かりにくい場合があります。具体的な行動や目に見える形でないと、理解し、記憶に留めることが難しいことがあります。
- 見通しの立てにくさ: 「今この行動をすると、後でどうなるか」という未来の見通しを立てることが苦手な場合があります。ルールを守らなかった結果を想像しにくいため、その重要性を感じにくいことがあります。
- ワーキングメモリの弱さ: 言われたことや覚えておくべきルールを一時的に記憶しておく「ワーキングメモリ」が弱い場合があります。そのため、言われた直後は理解しても、時間と共に忘れてしまったり、他の情報が入ると記憶から抜け落ちてしまったりすることがあります。
- 衝動性: 特にADHDの特性を持つお子さんの場合、衝動性が高く、ルールを意識するよりも先に、思いついた行動をしてしまうことがあります。「いけないことだと分かっていても、体が動いてしまう」といった状態です。
- 感覚過敏・鈍感: 特定の感覚に対して過敏すぎたり、鈍感すぎたりすることが、ルール遵守の難しさにつながることもあります。例えば、騒がしい場所で「静かにする」というルールが、聴覚過敏なお子さんにとっては苦痛を伴うため難しかったり、逆に特定の危険への感覚が鈍感で、安全に関するルールを守る必要性を感じにくかったりする場合があります。
- 理由が分からないと納得できない: なぜそのルールが必要なのか、納得できる理由が分からないと、ルールを守ることに抵抗を感じたり、従うことの意味を見いだせなかったりすることがあります。
これらの特性は一つだけでなく、いくつか重なり合って、約束やルールを守ることを難しくしている場合が多く見られます。お子さんの「できない」は、多くの場合「やらない」のではなく、「難しい」という状態であることを理解することが、支援の第一歩となります。
約束・ルールを伝える具体的な声かけと工夫
約束やルールをお子さんに伝え、実行につなげるためには、お子さんの特性に合わせた伝え方や環境の工夫が重要です。
具体的な伝え方のポイント
抽象的な言葉ではなく、具体的で分かりやすい言葉で伝えることを意識しましょう。
- 肯定的な言葉を使う: 「~しない」という禁止形ではなく、「~しようね」「~するといいよ」といった肯定的な表現を使うと、お子さんはどうすれば良いのかが分かりやすくなります。
- 例: 「走らない!」→ 「ここではゆっくり歩こうね」
- 例: 「騒がない!」→ 「静かにしようね、お話は小さな声でね」
- 例: 「散らかさない!」→ 「使ったおもちゃは元の場所に戻そうね」
- 短く、一度に一つ: 一度にたくさんの指示やルールを伝えると、情報過多になってしまい、お子さんは混乱してしまいます。伝えるべきことは一つに絞り、短い言葉で伝えましょう。
- 例: 「ご飯を食べたら、お皿を運んで、歯磨きして、パジャマに着替えてね」→ まず「ご飯を食べ終わったら、お皿を台所に運んでくれる?」と伝え、それができたら次の指示を出す。
- 視覚的なサポートを活用する: 言葉だけでなく、目で見える情報を加えることで、お子さんの理解を助け、記憶に留まりやすくすることができます。
- 絵カードや写真: ルールの内容(例: 手を洗う、座る、静かに聞くなど)を絵カードや写真で示し、目につく場所に貼っておく。
- ルール表: 家庭内の主なルールを短い言葉と絵でまとめ、リビングなど共有スペースに貼っておく。
- チェックリスト: 約束事を箇条書きにし、できたらチェックできるようにする。
- 「なぜそうするのか」を説明する: なぜそのルールが必要なのか、理由を分かりやすく具体的に説明することで、お子さんの納得感を促し、協力を得やすくなります。
- 例: 「どうして公園で勝手に遠くに行っちゃいけないの?」→ 「公園には車が通るところがあるから、一人で遠くに行くと危ないんだよ。迷子になったらお母さん心配だし、会えなくなっちゃうかもしれないよ。公園ではこのエリアの中で遊ぼうね」
- 例: 「なんでおもちゃを片付けなきゃいけないの?」→ 「おもちゃが床にあると、踏んで壊しちゃうかもしれないし、誰かがつまずいて怪我をしちゃうかもしれないよ。みんなが気持ちよく遊べるように、おもちゃはおうちに帰してあげようね」
- 一緒にルールを決める: 可能であれば、お子さんと一緒に家庭のルールを話し合って決める機会を持つことも有効です。「これはどうかな?」「こうしたらどうなるかな?」と一緒に考えることで、ルールへの主体的な意識が芽生えやすくなります。
約束・ルールを守れたときの関わり方
約束やルールを守れたときには、具体的に褒めることで、お子さんは「これで良かったんだ」「また頑張ろう」という気持ちになります。
- すぐに具体的に褒める: 約束やルールを守れた行動を見たら、すぐに気づいて褒めましょう。そして、「何を」「どう」頑張ったのかを具体的に伝えます。
- 例: 「静かに座って待っていてくれたね、すごいね!」
- 例: 「ゲームの時間を守って、自分でやめられたね!約束守れてえらいよ」
- 例: 「お片付け、全部できたね!ありがとう。これで気持ち良く遊べるね」
- ポジティブな注目: ルールを守っている良い行動を見逃さずに、積極的に言葉や態度で注目を向けることが大切です。「ダメなこと」に注目しがちですが、「できていること」に意識を向けることで、お子さんの自己肯定感も高まります。
約束・ルールが守れなかったときの関わり方
ルールが守れなかったとき、つい叱責してしまうこともあるかと思いますが、冷静に、建設的に関わることを意識しましょう。
- 冷静に、責めずに伝える: まずはお子さんの気持ちを受け止めつつ、何がルールと違ったのかを落ち着いて伝えます。人格を否定するような言葉や、感情的な叱責は避けましょう。
- 例: 「どうして〇〇しちゃったの!」→ 「あ、〇〇(ルールと違う行動)しているね。お約束は〇〇だったかな?」
- 何が難しかったか一緒に考える: なぜルールを守ることが難しかったのか、お子さんと一緒に考えてみましょう。衝動的にやってしまったのか、ルールを忘れてしまったのか、他のことに気を取られていたのかなど、原因を理解することが再発防止につながります。
- 例: 「どうしておもちゃを投げちゃったのかな?何か嫌なことあった?」
- 例: 「お約束はゲームは30分までだったけど、今日は守るのが難しかったかな?何か困ったことあった?」
- 「次にどうするか」に焦点を当てる: 過去の失敗を責めるのではなく、「次はどうすればいいか」に焦点を当てて、具体的な行動を促します。
- 例: 「今、おもちゃを片付けられていなかったから、これからどうしようか?一緒に片付ける?それとも、一人でできるかな?」
- 例: 「もう一度、公園で遊ぶときのお約束を確認しようね。次はどうすれば良いか、お母さんと一緒に言ってみようか」
- 切り替えの声かけ: ルールが守れなかった場面から気持ちを切り替えられるよう、穏やかな声かけを心がけましょう。感情的になったお子さんには、まずはクールダウンできる時間や場所を提供することも有効です。
- 保護者自身の感情管理: お子さんがルールを守れない状況が続くと、保護者も疲弊し、感情的になりやすくなります。深呼吸をする、一時的にお子さんから離れる(安全な範囲で)、他の家族に頼るなど、ご自身の感情をコントロールする方法も大切です。
家庭でできるその他の工夫
声かけだけでなく、家庭環境を整えたり、日々の習慣を工夫したりすることも、お子さんが約束やルールを守る力を育む上で助けになります。
- ルールを「見える化」する: 前述したルール表や絵カードに加え、タイマーを使ったり、時計の針で終わり時間を示したりすることで、時間に関する約束も分かりやすくなります。視覚的な情報は、言葉だけよりも記憶に残りやすく、お子さん自身が確認する手助けにもなります。
- ルーティンを作る: 毎日の生活に決まったルーティンを取り入れることで、お子さんは見通しを持ちやすくなり、「次はこれをする時間だ」とスムーズに行動しやすくなります。ルーティンの中に自然とルールが組み込まれるようにします。
- 環境調整: ルールを守ることを難しくしている物理的な誘惑を取り除くことも有効です。例えば、勉強中に気が散るおもちゃは片付けておく、ゲームの時間を決めたらタイマーをセットして目に入るところに置く、などです。
- 成功体験を積み重ねるスモールステップ: 難しいルールを一度に全て完璧に守らせようとするのではなく、まずは簡単な、お子さんが取り組みやすい約束から始めて、守れた成功体験を積み重ねるようにしましょう。小さな成功が自信につながり、より難しいルールへの挑戦意欲を引き出します。
- 大人がモデルとなる: 保護者自身が家庭のルールや社会のルールを大切に守る姿を見せることは、お子さんにとって何よりの学びとなります。例えば、交通ルールを守る、決められた時間を守る、他の人に配慮するといった日々の行動を通じて示しましょう。
焦らず、お子さんのペースで
約束やルールを守る力を育むことは、一朝一夕には難しいかもしれません。お子さんの成長や発達の段階、その日の体調や気分によっても、できることとできないことがあります。完璧を目指すのではなく、まずは一つのルールに絞って取り組んでみる、できた部分に注目するといった、お子さんのペースに合わせた関わり方を心がけることが大切です。
また、保護者の方が一人で抱え込まず、家族や支援機関、学校の先生などに相談することも考えてみてください。専門家からのアドバイスや、同じ悩みを持つ他の保護者との情報交換が、大きな支えになることもあります。
まとめ
発達障害のあるお子さんが約束やルールを守ることに難しさを感じるのは、多くの場合、その発達特性が関係しています。「なぜ難しいのか」を理解し、お子さんの特性に合わせた具体的な声かけや、視覚的なサポート、環境調整といった家庭でできる工夫を取り入れることが、コミュニケーションを円滑にする鍵となります。
「〇〇しない」ではなく「〇〇しようね」といった肯定的な言葉を使う、指示は短く一度に一つにする、ルールを目に見える形にする、できたときに具体的に褒める、失敗したときは「次にどうするか」に焦点を当てるなど、様々な方法があります。
焦らず、お子さんの良い変化や小さな頑張りを見つけて、共に成長していく過程を楽しんでいただければ幸いです。この記事が、日々のコミュニケーションにおいて、少しでもお役に立てれば嬉しく思います。